Connections テクノアルファ Webマガジン

May. 2014 Vol.9

Section04 コラム

私の原点 代表取締役社長 青島勉

代表取締役社長 青島勉のコラム

「いつの時代に生まれたの?」、「終戦直後の話を聞いているみたい。」、「うそでしょ?」というような驚きの言葉が、私が生まれ育った静岡県磐田市の田舎での小さい頃の話をすると、必ず耳に入ってきます。 私の実家は田んぼと茶畑等を持つ農家です。
最初は、同僚の皆と変わらない生活をしてきたと思い込んで子供の頃の話をしているのですが、いつしか劣等感というか、話が全然通じないことに気付かされます。 東京で育ってきた同世代の仲間とは10年位の時代のギャップがあるようです。


代表取締役社長 青島勉のコラム

私が物心ついた小学校1、2年生頃の思い出としては、家にテレビが無く、村で裕福な家に皆で見に行ったことを覚えています。 そこでは、近所の人たちとの会話がいつも飛び交っていました。 実際に我が家にテレビが入ったのは、小学校3年生くらいではなかったでしょうか。 夏は暑く、冬は寒い、季節どおりの自然とともに暮らしていたように思います。 小学校は山の麓にあり、30分くらい狐の通り道といわれるけもの道を通っていました。 帰り道では、季節によって栗や椎の実、山桃を取ったり、百合やツツジを啜ったりしました。
また、学校には私が小学校2年生になるまでプールもなく、夏は竹で作った竿を持ってフナ釣りも兼ねて川に泳ぎに行ったり、自転車のスポークを使ってテレビで見るような魚をさす仕掛けを作ったりして、遊んでいました。 また、竹の先端に針金で輪っかを作り、そこに蜘蛛の巣を巻き付け、蜘蛛の糸の粘着でセミを捕まえたのを覚えています。 その他、竹馬、凧、メジロ取り等々も手作り。春になると田植え、茶摘み、毎月の消毒、そして秋になると稲の収穫等々に取り組んでいました。

ナイフで鉛筆削り
ちなみに鉛筆を削るには、
ナイフは固定で鉛筆を動かします

話している間に、都会では通常味わえない貴重な経験をしてきたことに対して、いつしか劣等感的な感情から誇らしげな感情に変わってくる自分がいることに気付きます。 何が違うのかとふと考えると、田舎の何もない自然の中で育ったことで、周りにある自然の何かから工夫して物を作るという、常に遊び心満載の時を過ごし、常に両親の働く背中や兄の行動を見て育ってきたことで、都会人とは違う感情が生まれ、センスが知らず知らずのうちに身についてきたのでしょう。 添付の鉛筆画の画像のように、現在もナイフで鉛筆を削り、その鉛筆を使うと落ち着くのもそのせいかもしれません。
会社においても同様で、新しく入社される方は、常に周りの働く先輩の姿、言動を見て人生の流れが多少なりとも左右されるものと思います。 時の流れにつれ、皆からの誇らしげな会話を自然と耳にするような会社でありたいと思います。

代表取締役社長 青島勉


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