Connections テクノアルファ Webマガジン

Aug. 2014 Vol.13

Section05 コラム

伊豆七島から神戸、京都を巡る3泊4日の旅

大英博物館
飛鳥Ⅱ

<飛鳥Ⅱクルーズ>
この夏、以前から一度は乗船してみたいと思っていた飛鳥Ⅱでのクルーズを体験しました。 横浜港大桟橋に停泊中の飛鳥Ⅱの、その真っ白な船体と大きさはびっくりするほどです。
今回のツアーには約850名が参加、年齢層は9割以上が60歳以上と見受けられました。 夕方5時、色とりどりの紙テープが見送りの人たちや飛鳥Ⅱ見物の観光客に向け一斉に投げられ、船はそのテープを風になびかせながらゆっくりと岸壁から離れました。 出船時には乗務員より非常時の避難の説明があります。 第5デッキの決められた場所に集合し、救命ボート(135人乗り、3日分の食糧が装備)の前で救命胴衣(デンマークのViking社製)の装着方法や避難経路の確認の説明を受けました。

船はすぐに横浜港のベイブリッジの下を高さぎりぎりで通過し、一路、三浦半島のわきを抜けて伊豆七島へと向かいました。 飛鳥Ⅱは当初、日本郵船の子会社が1990年にクリスタルハーモニー(バハマ船籍)として外国航路向けに建造しました。 2006年に日本人客向けに大幅な改造をして、初代飛鳥の後継船として日本船籍に変え、クルーズをスタートしました。 総トン数は50,142トン、全長241m、乗客定員872人、乗組員470人、航海速力21ノット(約40km)、高さは12デッキまであります。 私たちはアスカスイートという11階の眺めのいい部屋をとりました。 船は横揺れ防止装置のお蔭で横揺れはほとんどありませんが、縦の微振動が少し気になりました。 おそらく、エンジンルームまたは船首近くの部屋は海上の波の上下動が伝わってくるのではないかと思います。

今回のクルーズの企画は旅行会社のものでツアーは満員。 ドレスコードは一応“カジュアル”となってはいましたが、Tシャツ、サンダルはだめです。 夕食のときはみんなドレスアップし、宝石類を身に着けて精一杯頑張っていました。 夕食前には飛鳥Ⅱオリジナルの音楽ショーを楽しみましたが、出演者は全員アメリカ、イギリス、カナダ、ルーマニアからの歌手やダンサーです。 引き続きハワイアンのフラダンスショーをみてから(希望者は踊りに参加可能)、和食のコース料理を食べました。 一流の客船だけあり、また、今回のツアーは料金も結構高いので(アスカスイートの部屋の場合ツアー代は340,000円)、食事はどれも新鮮で優れものでおいしかったです。 飲み物は原則、特別なアルコールを除きすべて無料です。

ちなみに乗務員は、部屋のメイド、食堂のスタッフ等はほとんどフィリピンなどのアジア系の人たちでしたが、一応日本語は通じました。 寝る前には、部屋にある風呂ではなく、最上階12デッキにある大きなスパを利用しました。 そこには3つの湯船やジャグジーがあり、さらにサウナも完備で快適です。 夜は縦の微振動が気になり寝付くまで少し時間がかかりましたが、翌日目覚めたのは朝7時でした。 船は横浜港を出てから伊豆大島―利島―新島―式根島―三宅島と進み、御蔵島に近づいたのはちょうど朝食時の8時30分頃でした。 海上は波もなく穏やかで、船は速度20km(10ノット)程度で走っていますが、時折30km以上に速度を上げることもあります。 速度を上げた時は船の側面の波しぶきが白く輝いて、後方に追いやられていくので見ていてわかりました。

朝食後、船内ツアーに参加して船内の主な施設を見て回り、その後12デッキの屋上露天の海水プールでしばし遊泳しました。 この日の海水温は27度。 プールは海水を汲み上げて利用しています。 そうこうしている間に船は御蔵島で折り返し、そこから一路、神戸に向かいました。 午後は、無料のビンゴゲームに参加。 約600名が二部屋に分かれてスタートしましたが、私は3ゲームを終えてもビンゴにはならず、飛鳥Ⅱ専用の記念品を手にすることはできませんでした。

午後5時ころには、おそらく静岡県の御前崎から100km位離れた太平洋上を航行し、海上は夏の陽を浴びてところどころ白波が光っていました。 また遠くには貨物船が同じ方向に走っているのが見えました。 船尾から見る海面には、スクリューから出る白い波と航跡がどこまでもまっすぐ後方に伸びていました。 その様は過去から未来に通じているように感じます。 私は自宅に航跡を描いた絵画を保有していますが、実際、大きな客船から見る航跡はいつまでも眺めていたくなるようで感動しました。

夕方6時からはツアー会社主催の洋上夏祭りに参加し、射的、スイカ割り、輪投げ、風船釣り、綿菓子等のゲームや盆踊りにしばし興じました。 それから別室でのクラシックバレエの鑑賞やミュージックを楽しんだ後、フランス料理のフルコースを堪能しました。 夜10時からは太平洋上の周囲が真っ暗な中での星空観賞会が解説付きでありました。 都会では見ることが出来ない、夜空を縦に走る天の川、右下にさそり座、少し左上にいて座、また反対側には北極星、北斗七星をはっきりと見ることができました。 暗闇の中で見る星は一段と明るく見えます。 長いこと空を見上げていたので首と肩が痛くなりました。 その晩も、大きなスパの蒸気サウナで汗を流し、ジャグジーに15分くらいつかり、体の水分をコントロールしました。

コンウィ城
船長と記念撮影

クルーズ最後の朝は6時30分に起床。 船はすでに和歌山県の串本近くを航行していました。 その日の海上は、なぎ状態。 すぐそばを貨物船が並走、双眼鏡でのぞくと船名や船の構造がはっきり観察できました。 8時30頃には船の左舷に淡路島と四国を結ぶ鳴門大橋が見えてきました。 その後、瀬戸内海に入ると、左舷前方に遠く明石大橋、正面には出島の神戸空港、そしてその先には六甲山を背にした神戸の街や、港のシンボルである神戸ポートタワーが迫ってきました。 船はスピードを落とし、ゆっくりと神戸のメリケン波止場に着岸、時間は10時でした。 8デッキの船首左舷甲板では船長他乗務員が出迎えの港の人に手を振っていました。 下船は決められた順番でした。


エジンバラ城
嵯峨野トロッコ電車

<京都>
ここから先は陸路となり、京都洛北から嵯峨野、嵐山をバスで周遊しました。 保津川下りがコースに組まれていましたが、京都福知山地方の大雨による川の増水で運行が中止となり、金閣寺の特別鑑賞に切り替えられました。 神戸港を後にし、京都の洛北にある里山の「大原三千院」を拝観しました。 比叡山の麓に986年に創建された天台宗の寺で、「阿弥陀三尊像」(国宝)は創建当時の面影を今日に伝えています。 昼食は、有名料理旅館の魚山園で京料理でした。 その後は世界遺産の「下鴨神社」を拝観し、縁結びの神様なので、これからも一花咲かせられますように頼んできました。 さらに鞍馬地方山奥に入り、開運のパワースポットである「貴船神社」で金運を拝みました。 夕食は川床に敷き詰めた座敷で川床料理で、主にアユやウグイの川魚を中心とした食事をいただきました。 その夜は二条城前の全日空クラウンホテルでゆっくりと疲れをとりました。


エジンバラ城
西側の庭園から見る金閣寺

最終日は、嵯峨から亀岡まで嵯峨野トロッコ電車に乗りました。 大雨で増水し、濁った保津川を左右に見ながら上流へ約30分、ガタゴトとゆっくり揺られて渓谷を進むトロッコ電車を楽しみました。 亀岡から嵐山の渡月橋までバスで移動し、1時間ほどの自由散策の後、特別の計らいで金閣寺の西側庭園を見せてもらえることになりました。
「金閣寺」は通称で、「鹿苑寺」が正式名です。 1397年の室町時代、三代将軍足利義満が山荘として作ったもので3層からなり、2層と3層に金箔が貼られています。 1950年に寺の従弟(当時21歳)によって放火され、全焼しました。 1955年に再建されましたが当時の金額で約3千万円(当時、大学初任給は約5,000円くらい)。 使用されている金箔は10cm角で約20万枚、下地には漆が塗られています。
私たちは、ふだん参拝客が入れない、金閣の正面が見える西側の庭園に特別許可で入ることができ、お坊さんから説明を受けることができました。 以前、小泉首相がブッシュ大統領を金閣寺に案内した時、西側の庭園から入ることで歓待したといわれています。 金閣寺の池には日本を模した島が作られていますが、これは足利義満が金閣寺の3層から眺め、日本を上から見下ろし天下人であることを示す狙いがあったそうです。 1950年に全焼して以来、国宝ではなくなりましたが、1994年に世界遺産に登録されています。 一方、銀閣寺は国宝です。

松村勝正

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