Connections テクノアルファ Webマガジン

May. 2015 Vol.15

Section03 海外レポート

フランス的接待体験記

今回は、当社が数年前より代理店となっているフランスのセンサーメーカーISORG社に、日本のあるお客様をお連れした際の、フランス的接待体験記をお届けします。 また、ドイツ滞在が長い筆者にとって、ドイツ人とフランス人のメンタリティーの違いについて、今回改めて知る良い機会になりましたので、それもあわせてお伝えしたいと思います。

このセンサーメーカーはフランス最南東部、スイスとイタリアとの国境に近いグルノーブル市のCEA-Liten、通称『フランスのシリコンバレー』と呼ばれる敷地内にあります。 グルノーブルはアルプスの麓にあり、1968年には冬季五輪が開催され、当時、フランスのスキー選手であるジャン・クロード・キリーが金メダルを取り一躍有名になったところとしても知られています。 グルノーブル冬季五輪の記録映画『白い恋人たち』は日本でも公開されたので、フランシス・レイが作曲したタイトルミュージックの甘いメロディーをまだご記憶の方もいるかもしれません。 そして、グルノーブルは欧州最大の自転車レース、 ツール・ド・フランスのアルプス縦断コースの起点ともなっています。

グルノーブルはエアポートが無いため、パリからフランスの新幹線TGVか、リヨンまで飛行機で飛んで、そこからバスで行く必要があります。 我々はTGVで行きましたが、リヨンまではその名に恥じぬ高速ですが、リヨンからグルノーブル間は線路が高速に対応していないので普通列車の運転速度になります。

このフランスのシリコンバレー敷地内への入場ですが、今年1月にパリでテロ事件が発生したため、もともと審査が厳しかったところ、今回さらに厳しくなりました。 我々訪問者のパスポート番号や出生地等を事前に現地に知らせ、その審査に約1ヶ月かかったほどです。 入場の際、パスポートと引き換えに入場証が与えられ、敷地を出る際、返却されます。 また、敷地内を警備車が常時パトロールしており、ISORG社の車で敷地内を走っている時、突然後ろで青色灯が点滅、サイレンが鳴り、車を止めさせられました。 そして、我々の入場証をチェック、トランクの荷物も検査され、我々は何が起こったのかわからず、度肝を抜かれました。 このような事は、一般的にハイテク企業の敷地への入場検査が厳しいドイツでも全く考えられない事で、フランスがテロ再発防止に最大限の警戒をしている事を改めて痛感しました。

フランス的接待体験記

一方、ISORG社の我々への接待は破格でした。 ランチは敷地内のゲストハウスにあるVIP専用レストランで、オードブルから始まりデザートで終わるフルコースのメニューが提供されました。 フランスではランチでもワインを飲む習慣があるので、赤・白ワインがボトルで出されましたが、欧州生活が長い筆者はともかく、日本の方々はせいぜいたしなむ程度でした。 また、夜の接待は、通常プライベートタイムを大事にする欧州ではまずあり得ない事ですが、今回は二夜に渡り、メーカーCEO主催によるディナー接待を受ける光栄に浴しました。最初の晩は、50年ほど前に偶然発見されたという洞窟内に作られた市内のレストランに行く途中、散歩がてら、フランス革命の発端という場所にも案内していただきました。ディナーは夜8時から真夜中まで、グルノーブル郷土料理のフルコースを堪能、最後は地元薬草酒で乾杯しました。

カプセル型ロープウェー

2晩目は、グルノーブル名物である銀色のカプセル型ロープウェーTelepherique Grenobleでバスチーユ城塞まで登り、第二次世界大戦中にフランスのレジスタンスが立てこもってドイツ軍と激しい戦闘を繰り返し、ドイツ軍を蹴散らしたという説明を聞きました。 それから眼下にグルノーブルの美しい夜景を見下ろすレストランに招待され、12時近くまで食事。 12時ちょっと前に早く席を発つように急かされ、なぜ急に?と疑問に思ったところ、実は、通常11時までのロープウェーの運行を我々のために約1時間待ってもらい、時間ぎりぎりに下り便に乗るためということが分かりました。 ロープウェーを待たせるというのは日本では考えられない事ですね。
以上、ドイツであればどんなに重要なお客様でも、せいぜいランチに贅を尽くすくらいで、夜のプライベートタイムはまず犠牲にしないのに対し、二晩に渡りCEOのみならず、従業員もディナーに同行させたフランス企業の徹底した接待には、欧州生活の長い筆者も驚いた次第です。

食事中、隣に座ったISORG社の技術者と外国語に関する話になり、大学でどの外国語を勉強したのかや、ドイツ語について尋ねたところ、第二次世界大戦中、彼の祖母がベルリンにいて、対戦国であるフランス人ということで色々不遇な扱いを受け、その影響で祖母は彼にドイツ語の勉強を禁止したという話を聞き、まだ戦争の爪跡はこんな所にこんな形で残っているんだと改めて知らされました。 ドイツとフランスはここ何年もの間、政治上では親密な関係ですが、その陰には戦後70年経った今でも、まだしこりが残っているという事実です。

さて、3月のドイツGermanwings航空機の墜落事件は、現場がグルノーブルから車で1時間半と近い事もあり、話題にのぼりました。 私が、フランスは遺体収容に全力を尽くし大変な費用がかかったと思うが、いつドイツに費用請求するのか聞いたところ、フランス政府が全部負担するとの事でびっくりしました。 自国の航空機が他国に墜落する可能性もあり、お互い様らしいです。

今回の出張では、徹底さにおいてはドイツ人が世界で一番だと思っていた私の考えが、接待に関しては根底から覆されたこと、そしてもう一つは、いかに二国間で政治上は上手くいっていても、70年経った今でも国民同士の間では過去の負の遺産が依然として残っているという事実を改めて実感した出張でした。

森 幸夫

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